2019年7月4日木曜日

富田和明的和太鼓基礎練習覚書〜『太鼓ノート・いろは』出版!




かねてより準備していた冊子が出来上がった。



A4版24ページの薄い冊子だが、これまで太鼓指導に携わってきて基礎練習において大事に思ったことは、ほぼ含まれていると思う。

冊子の「はじめに」をこちらにも紹介する。




はじめに


私が太鼓指導に本格的に取り組むようになったのは、1993年春のことです。
群馬県川場村に太鼓チームが立ち上がることになり、そのお手伝いをさせて頂くことになってからでした。それから多くの太鼓チームの指導に係わり、私が主宰する太鼓教室『太鼓アイランド』が誕生したのは、1997年春のことでした。

指導を始めてから26年、多くの皆さんと出逢う中で、私は太鼓について学び、また太鼓指導について学ぶことができましたが、それは試行錯誤の毎日でした。

太鼓教本のようなものは出していませんが、還暦を過ぎた今これまで考えて来たことをできるだけまとめてみたいと思うようにもなりました。
ただそれは教本というより覚え書きのようなものになり、「太鼓ノート」という名前を付けてみました。


太鼓の練習方法は星の数ほどあるでしょうが、ここに上げた練習方法はすべて私が実際に太鼓指導に係る中で、参加の皆さんと一緒に長い年月を掛けて叩き上げ作って来たものです。

この太鼓ノートが、これから和太鼓を練習する皆さんの何かのお役に立つことができれば嬉しく思います。



これまで一緒に太鼓を叩いてきたすべての皆さんに感謝を込めて……。



2019年6月吉日 富田和明






内容-目次。




表紙イラスト/hippie coco





正面打ち、フセ打ち、横打ち、担ぎオケ太鼓など、すべての和太鼓打法基礎練習に適応しています。



私が直接お会いする皆さんには、1部500円で販売しております。

どうぞ、お気軽に、お声をお掛け下さい。











2019年6月10日月曜日

初夏の伊豆、令和最初の大太鼓合宿が終わる

6月8日(土)朝、今回は一度も道に迷わずに横浜から天城に着いた。9時45分頃。

恥ずかしながら第四回目にして初だ。
まっすぐ事故も渋滞もなければ、二時間で着く。けっこう近い。


天城は晴れていた。




10時、太鼓アイランド伊豆・世話人代表のUさんと二人で準備開始。



12時半に電車組が到着して、1時にもう一人バイクで到着。













午後1時から5時までみっちり太鼓を叩く。

今日はとても良いお天気で、窓を閉めると暑かった。


気持ちの良い汗をかいて、そのまま温泉『ほたる』へ。
5時半〜6時半、ゆっくりと過ごす。

宿に戻って、7時からまず乾杯をしてから自炊スタート。


極上牛肉ステーキを焼いて頂いた。

これは本当に旨かった。


他にもゼンマイやキクラゲの差し入れも戴き、グダグダと宴会は深夜まで続く‥‥‥‥‥‥。






二日目は、朝7時半に皆んなを起こして、それから8時半までゆっくり朝食を食べ、その後片付けと掃除。

参加のみんなも常連さんが多く慣れているのでテキパキと動いて片付けた。
すぐ体育館に移動。


9時から稽古開始。

9時から12時と稽古し、お昼ご飯、午後1時から2時50分まで、と熱い稽古が続く。







今日は雨で涼しく、窓を閉めないと寒くていられないくらい。

太鼓を叩くにはちょうどいい気候。

暑かった初日とは、一日でこんなに違う。


たっぷりと叩いた。











皆んなで片付けをして、午後3時40分くらいだったか?解散。


第四回・太鼓アイランド伊豆合宿が無事に終了した。






次回はいつ、開催できるだろうか‥‥‥。


参加の皆様、お疲れ様でした!










2019年5月1日水曜日

神田松之丞を聞く〜令和の夜明け

令和元年となった。




雨かと思えば、薄日が射すやわらかな朝だ。

TVは、朝から新天皇即位式に向かう徳仁(なるひと)親王の動きを追っている。







僕はずっと前から楽しみにしていた神田連雀亭(れんじゃくてい)へと向かう。
https://ameblo.jp/renjaku-tei/entry-12450059355.html



駅でも即位を祝っていた。












開演は夜6時だけれど、今日連雀亭に僕が着いたのは午後2時20分。

その時は、まだ道路に人が一人出ているだけ。







ああこれなら昼ご飯を食べに行っても大丈夫かなと、一旦列を離れた途端、
二人が列に加わったので何となく嫌な予感もして、

もうポカリを自販機で買っただけで僕も列に加わった。










何の為にここに並んでいるのか?

それはここでの夜の会に講談師・神田松之丞さんが出演するからだ。

連雀亭は当日券しか出さない小屋で、しかしだからこそこうやって前売りチケットを手に入れられない僕のようなファンでも、見るチャンスが与えられている。









そうやって待っていると、どんどんと人が僕の後ろに並びだした。

まだ開演3時間前にもなっていない。
小雨も降って来たので、建物の庇に身を寄せる。





この小屋はキャパが38席なんだけれど、昨年末僕が初めてここに初めて来た時は、開演2時間前に来て並んでも入れた。

ところが‥‥‥



今日は実は朝10時建物の開館時にすでに夜の会のチケットを求めて並んでいる人たちがいて、整理券をやむなく出したというのだ。
その数、17枚。

それを僕たちは知らなかった。





僕は充分大丈夫だろうと隣の若い通人と、これから長い待ち時間になるであろう時に備えて松之丞談議に花を咲かせようとしていたその時、

若いスタッフ(この方も出演者の落語家さんだけれど)が降りて来て、事情を並んでいる人たちに伝えた。
そして整理券を配り出した。



すると、僕が最後の38番だった。











隣に並んだ若い通人は名残惜しそうに、でもすっぱりと観るのを諦めて帰っていく。
時間はまだ午後3時だけれど、小雨が降って来た。





見ようとしているのは、この興行。







これから開場の5時半までどうしようかと思ったら、何となく僕と同じようにヒマそうな方がいて声をかけた。



その人がスタッフ(若い落語家さん)と話していて、けっこうここに詳しい方のように見えたので、
「ちょっと話を聞かせてもらってもいいでしょうか?」
と声を掛けた。

すると快く、じゃ一緒に時間を潰しましょうかとなった。





その方は自分でオニギリと缶ビールを持参していて、僕は近くのコンビニで弁当を買い、近くにあったビルのオープンテラスに腰を落ち着けた。




この方は2年前から松之丞さんを追っかけている人で、僕の知らない講談話を色々と聞かせてもらい、瞬く間に二時間が過ぎていく。

もちろんラジオのことも全部知っているので、お互いにその内容で盛り上がる。
いかに松之丞さんが素晴らしいかと二人で確かめ合っているという、外から見れば気持ち悪い二人に見えただろう。



時間になって二人は腰を上げ、そろそろ小屋に戻りましょうとなった時、
その人は、そう言えば僕も淡路島に行ったことがあるんですよ、と言った。

父方の祖母が淡路島の五色生まれの人で、五色浜に小さい頃遊びに行っていたというのだ。
それではあなたの体の四分の一は淡路人ではないですかと、生粋の淡路人の僕は喜んだ。



そんなご縁もあって、本降りとなった雨の中、連雀亭に戻る。





そうすれば、玄関にこの張り紙が貼ってあるのに、






まだ何も知らずに並ぶ人たちがいた。

事情を知った後も、せっかくだから開演開演まで待つという。

最終的に今夜は、他に多くの人にお断りを入れ帰ってもらっていることもあり、
立見もなしで最後まで待っても一人も追加で入れることはなく、開演となった。



松之丞さんの前に、落語家さんの噺、三本があったのだけれど…………、


つまらない。

半分くらいは寝ていたかもしれない。


芸とは残酷なものだ。





そうして最後に出て来た、松之丞。

「待ってました!」

「伯山(はくざん)!」

「六代!」

と次々に声が掛かる。声を出しているのは全部僕だけれど。
他にものすごい38人全力の拍手に迎えられて、松之丞さんは登場した。





いや〜、鮮やか!


腹の底から笑った。

ずっと笑っていた。

楽しかった。。。面白かった。。。



まくらも含めて20分くらいだったろうか?

もっと聞きたかったけれど、仕方がない。









この時間の為に僕は昼から来ていた。


半分くらいの人は朝から来ていたんだから、みな相当のファンに違いない。








それにしても、この沸騰ぶり。



人気が出る、というのはこういう波になるんだろう。

年末の会では松之丞さんが開場時に受付に立ってチケット代を集めていたし、終わった後も狭いロビーに出て来てお客さんらと話していたし、僕も見送られて帰った。


しかし、今日は開演しても自分の出番ギリギリに小屋に入り、終わってもロビーに出てこなかった。
僕はせっかくなのでサインをもらいたくて、他の方(落語家さん)に言うと、その瞬間だけ松之丞さんは現れ、二、三言話してサッとサインして風のように消えた。
きっとこの後も予定が入っていたのだろう。

でも僕のために出て来てくれたので、その姿を目に焼き付けた。


勢いに触れた感じだ。



松之丞さんは、来年二月、講釈師の大名跡『六代目 神田伯山』を襲名する。









本降りの雨の中を、傘を持たない僕は地下鉄「淡路町」駅まで駆ける。



駅のベンチに座って、ゆっくりとサインを眺めた。
















家に帰ると、新天皇の挨拶映像がTVから流れていた。

一日(いちじつ)にして顔付が変わっている。
名前が変わる即位というのは、そういう力があるのだと確信した。

そしてそのお言葉の端々に、僕は共感できるものがあった。


徳仁天皇陛下、お頼みいたします。








こうして僕の令和は、神田松之丞によって打ち開けられたのだ。











2019年4月30日火曜日

平成最後の太鼓講座〜ありがとう平成!

平成三十一年四月二十八日、



太鼓の里・響和館には朝10時半に到着して、それから用意をしてクラス二つ連続でやり、2時50分までで片付け、全部終わって午後3時半、というところ。
楽し過ぎた5時間(正味は3時間半だが)だった。

響和館は4月29日から5月6日まで休館になるので、響和館の平成最後の講座を僕が務めたことになる。






そして令和最初の講座も実は僕の講座(5月7日・火曜朝の大太鼓講座)なので、響和館の時代を跨ぐ男は僕に違いないが、ま、それは大したことはない。
しかし、それを遊んでいた。


講座の始まりと終わりには必ず、『平成太鼓節』を叩いた。
もう今日しか叩けない。
ひょっとしたら、まだ叩くかもしれないが‥‥‥


ありがとう平成!の感謝を込めて声に出し、太鼓を叩いた。






こちらは、日曜大太鼓講座の皆様と。






そしてこちらは、スキヤキ屋台囃子講座の皆様と。





今日はGWの二日目なので、欠席者がかなりあった。
でも今日来た人は充分楽しめたと思う(いつも楽しいけれど、今日は特に)。


みんなの笑顔を見ながら、大声をいくら出しても良い、太鼓を思いのまま叩ける時空間というのは、至極有難い。

楽しかったな〜。

参加者の誰よりも、一番楽しんでいたのは僕だろうけど。






皆との最後の挨拶は、
なんだか妙な気分にもなりながらお辞儀をしながら、口々にこれを言って別れた。

「平成では大変お世話になりました。また令和でもよろしくお願いいたします」

この言葉を聞きながら、まさしく今、時代が駆け抜けているような気がした。



そう思った瞬間、東京目黒の曇天にその音が聞こえた。










2019年4月22日月曜日

富田和明的太鼓合宿『Oh!太鼓 Vol.86』が終わりました。





富田和明的太鼓合宿『Oh!太鼓 Vol.86』が終わりました。
 
四月合宿「はじめての大太鼓」と銘打ったものの集まったメンバーはツワモノばかりでしたが、初めての気持ちで一打からゆっくりとたっぷり基礎練習に打ち込んだ二日間でした。







 






参加の皆さま、お疲れ様でした。
 
 



そして、




次回のVol.87は、伊豆天城高原での初夏合宿です。
6月8-9日(土・日)
伊豆太鼓合宿も4回目の開催となります(温泉宴会付き)。
どうぞ、ご参加ください!
http://www.tomida-net.com/ootaiko87.html