2016年6月23日木曜日

『和太鼓トーク齊富2016』終演に寄せて、その弐

トーク齊富オリジナル曲の中の一つに、『南打町演舞場』がある。



これはもちろん僕が愛してやまない徳島の南内町演舞場をリスペクトしての付けた名前だ。

13年前の初演時に作ったこの曲は、毎回少しずつ変化している。

「阿波踊りではけっして見られない太鼓を見せる」
を合い言葉に、いつも何かもっとできないかと探ってきた。


四回目のトーク齊富となった今回も、通し稽古ビデオを演出協力の平沼仁一氏に見てもらい、

これ以上、なんとかならないもんかのぉ〜と、二人で思案していたその時、

その日も平沼は絶好調で、こんなのはどうだ、あんなのはどうだと、云ってくれていた。

その中の一つに、

「あの太鼓の上に、猿とかバナナの人形みたいなものを乗せるっていうのはどうだ?」
が、あった。

???………!!!

それはできる! これはいける! 



後日さっそくぬいぐるみ作家cocoちゃんに電話(やっぱり人任せです。でもこの人に頼むのが一番だと思った)し、

「cocoちゃんのところに、お猿さんいない?」と聞くと、

「ちょうど一匹、うちにいるけどぉ……」となり、貸して頂くことに、そして

「バナナはなぁい?」と聞くと、

「バナナはないけど、作れるんじゃない?」

「えっホント?cocoちゃん、ありがとう!」

「違いますよトミダさん、トミダさんが作って下さいよ」

「えっ? いや僕ですか……」

「そんなに難しくないと思いますよバナナなら、簡単に作れると思いますよ」

「ううん、そうですね………」

「それでそこにメガネね、針金で作ればいいんですよ」

「はぁ、そうですか、できそうですかね」

「できますよ、やってみて下さいよ」


電話を切って、齊藤栄一氏にcocoちゃんの言葉をそのまま伝えることにした。
齊藤はバナナおぢさんなんだから、齊藤がなんとかしてくれるだろうと。。。

これが公演の一ヶ月ほど前のことだったと思う。



この後、僕の徳島での怪我があり、公演の日も迫って来た或る一日、
cocoちゃんからお猿さんが届いた。


可愛い、だけじゃない、どこにもいない顔のお猿さんだと思った。

それで何だか、僕と相性がピッタリのような気が………。





翌日、僕が稽古場として使用している地区センターに太鼓と一緒に連れて行った。

そして太鼓の上に乗せてみた。

それで、ゆっくりと落とさないように太鼓を鳴らしながら歩いてみた。



こ、これは………

猿が生きているようだった。

太鼓も喜んでいるようだった。


僕がこのお猿さんの中に入っているようでもあり、
だから僕がこの太鼓の上に乗っかって踊っているようでもあり、
猿が太鼓を叩いている僕であるようでもあり、

とにかく異空間に飛んでいた。異空間で踊っていた。
ただ叩いて歩いただけなのに………

ありがとう平沼、ありがとうcocoちゃん、ありがとう猿さん



みんなが僕を応援してくれていた。



公演初日前日劇場に入って、齊藤のバナナと対面した。


齊藤は自分の手で作って来た!

さすがバナナおぢさんだよ!

型紙から作ったという。。。これ。




こうして、出会った二人。

阿波太鼓に付けてみた猿さんとバナナさんを見て笑い転げる齊藤と富田と、お手伝いの皆さん。
素直に受けた。

この気持ちは純粋だ。

理由はわからないけど、笑ってしまう。笑顔になるしかないんだ。

人形?の力って凄い。



そして公演本番。

舞台の上で、そこに猿さんとバナナさんが揺られているだけで、いつもの南打町演舞場がまるで違う演舞場になっていた。

たぶんうまく言えないけれど、
見ている人が猿さんやバナナさんになって太鼓の上に乗っかっていたりぶら下がっていたりしたんだと思う。

確かなことは、そこに命が宿っていたと思う。






















あまり叩けもしない太鼓を担いで叩いている僕を、一番身近で真剣に応援してくれていたのはこの猿さんだった。
そしてそれは、もう一人の僕自身の姿でもあったに違いない。


また、あのブラブラと太鼓の下で揺られていたバナナおぢさんも、まさしく齊藤そのものに見えていました。









写真/青柳健二
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