家を出たのは午前3時50分。
風はなく静寂に包まれた朝、二十五夜の月が南東の空の軒上にある。その下に金星。
それ以外は、満天の星だった。
海岸線を走る国道28号線を洲本方向に歩き、塩田からは山にあがる。その後はずっと山の中。
正月に先山(せんざん/標高448m/愛称・淡路富士)に登るのはこれで何度目になるのか、それにしても静かだった。
スマホを懐中電灯にして道を照らす。
頭上が開けた場所ではその明かりも要らない星空だが、木々の下に入れば暗闇になる。
歩き慣れた道とは言え、やはり闇の中では不安になる。
塩田(しおた)を抜け安乎(あいが)に入り僅かな町も抜けると、田園地帯になった。
頭上に広がった大きな星空を改めてゆっくりと見た。
オリオン座、北斗七星を見たのは久しぶりだ。
まだどこにも朝の気配はなく、外灯のない田中の道に電灯は要らない。
朝早く起きたご褒美のような星空は、これが年の始まりにふさわしい元旦の空に思えた。
歩いて二時間ほど経つと、
島の中央を走る高速道路(神戸淡路鳴門自動車道)が見えてくる。
先山に向かう道は毎年歩いている道だが、毎年そのルートは少しずつ違う。
それは主にこの高速道路のせいだ。
高速が出来たのは20年ほど前だが、5年前からちょうど僕の歩くルートに新ICの建設が始まった。
後で知ったが、昨年2月17日に開通したらしいこのICの名前は「淡路島中央スマートIC」。どこがスマート?
ナビにも出ている。
僕が使うナビは、Apple MapとGoogle Mapだが、このナビを道標に歩いてきて、ある場所で止まった。
見れば、「この先通行止め」の先をナビは指していた。
金網に閉ざされていれば、これ以上進むことは出来ない。
ここまで完全にナビ頼りだった為、この二つのMapが使えなくなると急に不安になる。
仕方なく勘頼りに歩くが、世界はまだ闇の中にあるので、この道がどう繋がっているのか分からない。
適当に歩いていると、またどうも変な道に迷い込んでしまったようだ。
困ったなと思いつつも、こんな緊急時には重なるもので、僕の体の中にも緊急事態が発生し、すぐ様道路脇の暗がりに座り用を足した。
立ち上がってズボンを上げていると、そこで思いがけなく黒い人影を見た。
家を出発して二時間以上、
ここまで一人の人間ともすれ違っていないのに、こんな場所でどうして人が現れるのか?
僕は慌ててズボンを整えその人に近づき、
「すみませ〜ん」と声を掛けた。
するとその方は、
「うわぁっ」と驚きの声を上げ、二三歩後ろに下がった。
僕も慌てて、「いやいやいや、おはようございます」などと再び言い、
するとその方は少し落ち着いたようで、
「ああ、びっくりしたわ、きつねかと思た」というので、「いやいや、タヌキですよ」とは答えず、
「人間です」と僕は言った。
時刻は朝6時半?くらいだったと思うが、この方は毎朝ここを歩いていて、人と出会ったのは今日が初めてだったという。
僕は 先山まで歩いていて道に迷ったことを伝えると、
その方は丁寧に道を教えてくれたのだけれど、その説明が長く、鶏頭の僕には覚えられない。
いつ終わるかわからないような説明を聞いていると、僕はもう諦めてこのまま来た道を帰りたいと思ってきた。
時間も30分ほどロスしているし、この迷ったことで疲れてしまったのだ。
僕が「ちょっと覚えられないので」というと、より熱心にその方は説明を始める‥‥‥。
とても親切な方なのだ。
それでその方の言葉を遮り僕は謝って、「すみません、もう今日は引き返しますので」というと、
今度はその人が、
「そんなら、ワシが連れてったる」と言い、
先山への参道 がわかるところまで一緒に歩いてくれた。
礼を言って、その方とそこで別れる。
こうなると引き返すことも出来ず、仕方なく山を登り始めた。
ここから先はずっと登りが続く。
すると間もなく足音が後ろから聞こえ、一人の青年が走って来た。
軽やかに僕を追い越し、その先に上にあがっていく。
僕の足取りは重かったが、途中でご来光を見た。
遠く和歌山から、その奥の奈良、熊野の山々がご来光に浮かんで見える。
本当は山頂で拝むつもりだったが、山あいで手を合わせた。
一時間ほど登って先山千光寺に到着。
早々にお参りを済ませ、来た道を戻る。
山を下るのは楽だ。
この道はアスファルトだし、凍ってもいないので滑る心配もなく軽やかに下る。
高速道路が見え、おじさんと別れた場所まで来た。
そこからプレイバックしておじさんと会ったところまで歩く。
夜は明け、陽光が射す完全に明るい朝なので辺りを見回してみれば、目の前にピカピカの淡路島中央スマートICが広がっていた。
そこから、僕が最初にナビで行き止まりになった場所に戻ろうとしたが‥‥‥、
それがいくら歩き回っても、今度はその場所が分からなかった。
どうしたことか、そんな場所は、消えていた。
見渡して、迷いそうな道などどこにもないのだ。
僕の方がきつねに騙されたのかもしれない。
諦めて再び帰路についた。
山を登っていた時にはあんなに重かった足取りが、なんと軽やかなことか。
大地が明るいということが、こんなに楽に歩けるということを改めて知らされる。
順調に歩いて、家に戻ることができた。
ちょうど11時に帰った。
片道14km、往復28km、7時間10分。
去年は6時間半だった。40分ほどが道に迷った分か‥‥‥‥‥‥
風呂に入った後、11時半から弟と母と三人で、新年の挨拶をしてお雑煮お節などを頂き、
そのまま夜にも突入して、一日をグダグタと過ごす。
一年の計は元旦にあり、などという言葉もあるが、
今日の僕はどういうことだろうか?
困難なことに当たるも、助けてくれる人が現れ、無事に過ごせると思えば、
皆様に、手を合わせるしかないだろう。
また一年、よろしくお願い申し上げます。
新年、明けましておめでとうございます。