2026年7月28日火曜日

『KODO 記写録 1981-89/撮影 TOMIDA Kazuaki』第20巻(1985年10月11日〜1986年2月19日)』KODO One Earth Tour 1985-86

 『KODO 記写録 1981-89/撮影 TOMIDA Kazuaki』
第20巻(1985年10月11日〜1986年2月19日)KODO One Earth Tour 1985-86 は、


特別休暇後半イスタンブールからベネチア(ベニス)へ列車の旅。ミラノでメンバー全員が無事集合しツアー再開。イタリア、スイス、フランスツアー後の韓国ソウル公演がキャンセルとなり、少し早目に11月帰国。75日間の旅が終わる。

佐渡に帰って稽古の日々の後、スターダンサーズバレエ団との輝夜姫、12月新宿シアターアプル二週間、京都、大阪、名古屋公演を終えて、極め付けは大晦日の山下洋輔さんとのニュー・イヤーズ・イブ・コンサートで1986年の幕が開く。

一月は佐渡で過ごし、二月は沖縄、石垣、旧正月に沸く台湾ツアーに突入する


今月の一枚は、1508枚からの198枚








1985年10月11日

トルコ共和国 Istanbul イスタンブール

ヨーロッパ側のターミナル イスタンブール・シルケジ (Sirkeci) 駅




イスタンブールからパリに走るオリエント急行は、1977年に終わっていた
今回はドイツ・
シュトゥットガルト行きのイスタンブール急行に乗って、ベオグラードで
乗り換えてヴェネツィアに向かう
















16:45発の筈だったが、その後何のアナウンスもなく、17:45に列車は静かに動き出す。
私の二等寝台BOXには、ハンガリーから来た夫婦とロンドンに留学中だというガーナの学生の四人。
夜中にブルガリアに入国と出国があって他にも何度も起こされる。
ブルガリアの入管税関は社会主義国の中でも特に高圧的、ユーゴスラビアに入ると落ち着いた。
ヨーロッパ(イタリア)に近づく度に空気が緩んでいく気がした。

※ユーゴスラビアは、その後の1990年代に7つの国に分断独立している






1985年10月12日

ユーゴスラビア社会主義連邦共和国 Beograd ベオグラード(現在は「セルビア共和国」)

ベネチア行き列車に乗り換えた








この列車も二等寝台、同じコンパートメントにエジプト人、アメリカ人、イタリア人、ユードスラビア人2、と日本人(私)、の6人なので、きつかった

夜が明けて
1985年10月13日
昨晩もパスポートチェックの為に何度も起こされた。優雅な旅とは言えない



寝台三段ベッドを座席に戻した後










1985年10月13日

イタリア Venezia ヴェネツィア

二泊三日列車の旅を終え、12時、ヴェネツィア・サンタ ルチア駅に着いた

来て見て驚いた。ここは水の都ベニスではないか!

「ベニスの商人」「ベニスに死す」

この地に着くまで、ヴェネツィアがベニス(英語名)のことだと気が付いていなかった






着いた途端、街に一目惚れしてしまう

ミラノ行き特急列車に乗る夕刻まで写真を撮りまくる



大運河を挟んで、サンタ ルチア駅正面にある、サン シメオン ピッコロ教会



























カナル・グランデ(大運河)





ゴンドラ





ゴンドラ




サン・マルコ大聖堂








1985年10月14日

イタリア Milano ミラノ

昨晩メンバー全員が無事集合し、今日は劇場下見だけの予定が、搬入まで済ませる


ツアー トラックドライバー



吉村憲司


藤本𠮷利


齊藤栄一  十河伸一


レナード衛藤


鈴木雅裕


大井良明


小島千絵子





1985年10月15日〜20日 

イタリア Milano ミラノ 6日連続公演

Milano Teatro Dell Arte






KODO公演ポスター





ミラノ・ドゥオーモ大聖堂  Duomo di Milano











1985年10月21日

イタリア Milano ミラノ 

ミラノ・セントラル駅 11:23発の予定だったが、すでに時刻は11:40








スイス Zürich チューリッヒ

チューリッヒ中央駅 16:00 到着





昨年も大変お世話になった、スイス主催者・マリア・ゼンダーさんのお出迎え










1985年10月25日

スイス Zürich チューリッヒ 

Volkshaus Zürich(チューリッヒ市民会館) 

チューリッヒ ジャズフェスティバル 山下洋輔vs鼓童公演





この公演は、SRG SSR スイス放送協会が録音放送した










山下洋輔さんはこの一回の公演の為に、日本から一人で飛んできた。

使い捨てカイロ、日本の新聞、文庫本二冊のおみやげ


会場は高校の体育館的雰囲気。ステージの袖幕は学園祭のデコレーションのようだった。

しかし、お客さんの質はいつもの公演のお客さんと全く違い、もっと音楽を聴く耳をもって集まってきているようだ。

狭いながらも超満杯。


ソロというのは、こういう演奏なのか、

山下さんは体全身からみなぎるエネルギー、リズム、湧き上がる

ジュゴンが、ピアノの前で暴れまくっている。


「集中します」

モノクローム乱入編のリハーサルをやっていた時、山下さんから聞いた言葉に、二度この言葉が出てきた。


本番

山下さんは、白い上下、赤いハンカチ。

目をとじる。いやとじるというより、目をくいしばる。

汗、汗、汗‥‥‥

頭と背中がぬれている。


ボレロ、

山下さんの演奏を聴いていると俺もドンドン、ドンドンやりたくなってしかたなくなる。

体のノリを教えてくれる。

山下洋輔、バンバンザイなのだ!


KODOも山下さんとお客さんのおかげで、

すごいノリ。

千里馬から、つっぱしる。

とにかく力でる。


終わって12時(開演は午後10時半頃だった)、片づけて1時、

主催者のマリア・ゼンダー(Maria Zehnder)さん、今日が誕生日。

外でHappy Birthday を皆でうたう


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と私の日記にはある。


忘れられない一夜だった筈だが、私が撮った写真は楽屋の数枚しかないのは、どういうことだ?

スイス放送協会の倉庫の何処かに、この日の録音テープが今も眠っているだろうか‥‥‥‥‥




Volkshaus Zürich(チューリッヒ市民会館)楽屋












1985年10月26日

スイス Zürich チューリッヒ 

チューリッヒ中央駅 ジュネーブへ向かう朝





マーク・ロス Mark Ross さん



スイス連邦鉄道 ジュネーブ行き



















1985年10月27日

スイス Genève ジュネーブ

TGVでParis パリに向かう

























1985年10月30日

フランス Paris パリ

フランスでは毎日、列車移動。この日は Rennes レンヌに向かう


Johnny Wales & 智恵子










1985年10月31日

フランス Bobigny ボビニー

Bobigny Maison de la Culture ボビニー文化会館

夜9時開演、11時前に終演、それからパッキング0時半まで




終わって劇場スタッフと乾杯




その後 1時、劇場近くの中華料理店に移動し、ツアー打ち上げ開始、ホテルには4時半に帰った長い一日
8月23日に佐渡を出たKODO One Earth Tour 1985 秋・最後の公演地









1985年11月2日

フランス Paris パリ

シャルル・ド・ゴール空港(CDG)

大韓航空(Korean Air)906便でソウルに飛ぶ


山口幹文




佐藤隆司




菅野敦司




風間正文




藤本𠮷利




小島千絵子








1985年11月4日

大韓民国 ソウル

当時の韓国ではまだ日本文化団体の公演は開催出来ず、日本映画も上映されない時代だったが、その壁の穴をこじ開けようと頑張った民間の団体が、ソウルでサムルノリと鼓童のジョイントコンサートを開こうと奮闘しあと一歩まで来ていたのだが、やはり直前で政府圧力があり穴は塞がれた(解禁されたのは1999年)


帰国の飛行機チケットをソウル経由にしていたので、公演はなくなったがソウルで一日過ごす


京畿道龍仁市 民族村に行く





農楽隊の稽古を見る






1985年11月5日

日本に帰国 75日間の旅が終わる








1985年11月7日

新潟県 佐渡郡真野町大小 鼓童稽古場

全体集合写真撮影





藤本容子



樋口隆繁




林田博幸




福宿修一



林康子



河内敏夫 平沼仁一



大井キヨ子(寛子)良明

※ 撮影した全体集合写真は、このページ一番下







1985年11月20日

新潟県 佐渡郡真野町大小 鼓童

洗面所前 稽古場入口







新作『ケンバンチリ』に使用する巨大白布を、自ら製作中の千絵子







1985年11月21日

新潟県 佐渡郡真野町大小 鼓童稽古場

千絵子新創作『ケンバンチリ』稽古中

KEMBANG TJILIK インドネシア語で「小さな花」




















1985年11月24日

新潟県 佐渡郡真野町大小 鼓童

鼓童村建設の三本柱 食堂にて議論が白熱中

※この時点の鼓童村構想は現在ある鼓童村ではなく、羽茂町素浜近くに建設予定だった


TEM研究所 真島俊一さん


平沼仁一


ハンチョウ(河内敏夫)









1985年11月25日

新潟県 佐渡郡真野町大小

初雪が降った朝 越の長浜 








1985年11月26日

新潟県 佐渡郡真野町大小 鼓童食堂

伸一の誕生会











1985年11月30日

東京都 品川区西五反田 ゆうぽうと簡易保険大ホール

石井眞木作曲/バレエ『輝夜姫』公演 リハーサル中

スターダンサーズバレエ団、岡田知之合奏団、鼓童ほか



















1985年12月2日

東京都 新宿区歌舞伎町 新宿シアターアプル公演/初日

84年は6日興行だったが、85年は13日興行(12回公演)になっても大入満員












お客様の目に触れることはないが、シアターアプル名物・魔の坂道搬入口
何mあったかな、地下まで降りるこんなに長く(※写真に写っていない)急な坂道搬入口を他に知らない

ここを人力で大太鼓をゴロゴロそろそろオラオラと下ろしてゆく
公演が終わればまた、この道を上げる
さながら祭りの一大儀式のようだった










照明 SJS 熊田勝博さん






公演初日朝9時から、黒田征太郎さんが反響板に絵を描いた












1985年12月14日

東京都 新宿区歌舞伎町 新宿シアターアプル公演 

千穐楽 楽屋














全公演が終了し、打ち上げ会場で
笑い上戸、泣き上戸、怒り上戸ではなく、眠り上戸の私









1985年12月16日

栃木県 佐野市 

小嶋武雄邸(千絵子実家)にて焼肉パーティー

翌日が宇都宮市文化会館公演だった









1985年12月24日

和歌山県 和歌山市 和歌山近鉄百貨店前

鼓童京都大阪公演の後

渕田寛一の路上書きなぐり「天神崎を守るためのチャリティー」応援に駆けつける

私も路上に座って三味線を弾いた










12月4日に発売された拙著『万里の未知も一打から』の題字も渕田さんに書いて頂いた









1985年12月30日

東京都 品川区西五反田 ゆうぽうと簡易保険 リハーサル室

山下洋輔vs鼓童 ニューイヤーズ イブ コンサート リハーサル


山下洋輔さん




作編曲家・中島良史さん





1985年12月31日 大晦日
山下洋輔vs鼓童 ニューイヤーズ イブ コンサート/公演本番日の朝

東京都 品川区西五反田 ゆうぽうとホテル窓からの、東京五反田を一望






夜9時開場、9時半開演、12時終演予定だったが、
舞台上で年越しカウントダウンの後、新年を迎えて終われるわけがなく益々ヒートアップして、舞台客席劇場中を駆け巡った
12時半すぎに公演は終わったが、そこからがまた長かった

残念ながら本番当日の写真は一枚も撮っておりませんでしたが、幸いにも
この日レコーディングされた音は、聞くことができます
















1986年1月13日
新潟県 佐渡郡真野町大小 鼓童

新年会&結婚披露パーティー 餅つき














Johnny Wales & 智恵子




















1986年1月21日
新潟県 佐渡郡真野町大小 鼓童稽古場

新人の為の剣舞(岩崎鬼剣舞)稽古始める 𠮷利、克次指導













1986年1月22日
新潟県 佐渡郡真野町大小

冬を走る 伸一、栄一、憲司、修一、雅裕














1986年2月2日
新潟県 佐渡郡真野町大小 鼓童
沖縄台湾ツアーに向け、トラックが先に佐渡を出発





1986年2月3日

大阪府 大阪市住之江区

大阪南港 さんふらわあ乗り場 鹿児島へ









1986年2月9日

沖縄県 名護市

旧暦正月元旦 春節






完成して間もない名護市民会館で、杮落とし公演 






1986年2月11日

沖縄県 那覇市 那覇空港

南西航空機で石垣島へ






1986年2月12日

沖縄県 八重山郡竹富町

石垣島から船で15分、竹富島の歌、昔話などを取材に





お世話になった、竹富島 喜宝院蒐集館




竹富島 喜宝院蒐集館・館長/上勢頭芳徳(うえしぇど よしのり)さん
上勢頭さんから、島の教訓を聞き、その言葉の中から『打組(うつぐみ)』を知る










1986年2月15日

沖縄県 石垣島

石垣公演の翌朝 南西グランドホテル前で






石垣港

有村産業 Arimura Line フェリー乗り場

この船に乗って台湾に向かう 





トラックを横付けして大量の舞台道具を船に乗せた
トラックはこの後、佐渡に帰る












パスポートチェックも船の中で







1986年2月16日

沖縄県 石垣市 → 中華民国 臺北市








朝7時(日本時間8時)基隆港に到着













旧暦正月八日、まだまだ正月気分だ






荷物検査に二時間待ち、やっとバスに乗り込む













1986年2月16日

中華民国 臺北市

昨年もここで公演した、臺北中華体育館 

正面門近くに、神鼓童公演の宣伝大垂れ幕が張られていた


搬入と舞台仕込み日






昨年11月、フランス・パリで別れた木箱コンテナと、ここで再会する






舞台組み立ても手伝う






舞台が完成








1986年2月17日

中華民国 臺北市

臺北中華体育館 公演初日 




販売物売店準備中




客席場内案内のバイトさん達もぞくぞくと集合





舞台では灯り合わせ中








スタッフ用売店




警備員詰所






二年続けてこの客席が満席(二日で13,000人)となった
ほぼ無名の太鼓チームにこれだけの人が押し寄せたのは、プロモーターの力だろうか








1986年2月18日

中華民国 臺北市 公演二日目

午前中、市内に出てみれば、正月春節祝いの大頭頭、大頭面を被って街を練り歩く音楽隊と遭遇















夜、臺北中華体育館 今夜も満員御礼、熱狂の公演終了後
明かりの乏しい搬入口でトラックに太鼓類を積み込む








台湾国内は、このトラックのお世話になる










1986年2月19日

中華民国 臺北市 → 臺中市

ツアーバスに乗ってホテルから、臺中の中興堂 劇場に向かう

































以上、


『KODO 記写録 1981-89/撮影 TOMIDA Kazuaki』第21巻へ続く



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KODO 記写録 とは

私の鼓童時代(1981-89年)に私が撮影したKODO Off Stage 記録写真・フィルムのデータ化作業を、2024年10月からさせてもらっています。
ネガ40本を一冊にまとめたファイルが26冊あって、フィルムコマ数・約37,000-8,000枚。

空き時間に作業をするので、1ヶ月に一冊分(約1,500枚)、完了まで約2年2ヶ月の予定で、この間は、昔の自分やメンバーや時代と向き合う時間です。






KODO members & trainees 1985 autumn


上写真/1985年11月7日撮影(1986年正月礼状用)新潟県佐渡郡真野町大小  鼓童稽古場にて


後左/富田和明、樋口隆繁、藤本𠮷利、風間正文、佐藤隆司、山口幹文、レナード衛藤齊藤栄一
中左/林田博幸、吉永憲司、福宿修一、大井良明(寛子)、平沼仁一、河内敏夫、鈴木雅裕
前左/十河伸一、近藤克次、藤本容子、ゴン、大井(俊弥)キヨ子、小島千絵子、林康子、高橋直美
※青木孝夫(出張中にて不在)




第1巻(1981年8月23日~12月30日)

第2巻(1982年1月7日~6月)

第3巻(1982年6月12日~8月11日)

第4巻(1982年8月13日〜10月10日)

第5巻(1982年10月10日~1983年2月7日)

第6巻(1983年2月7日~4月15日)

第7巻(1983年4月15日〜8月8日)

第8巻(1983年8月9日~10月6日)
第9巻(1983年10月6日~12月19日)

第10巻(1983年12月27日〜1984年2月1日)

第11巻(1984年2月1日〜3月7日)

第12巻(1984年3月8日〜4月30日)

第13巻(1984年4月30日〜6月14日)

第14巻(1984年6月14日〜8月10日)

第15巻(1984年8月10日〜12月6日)

第16巻(1984年12月6日〜1985年1月24日)

第17巻(1985年1月24日〜3月24日)

第18巻(1985年3月24日〜6月26日)

第19巻(1985年6月27日〜10月11日)







富田和明 TOMIDA Kazuaki

/打組 UCHIGUMI/太鼓アイランド TAIKO Island
utigumi@tomida-net.com
http://www.tomida-net.com

YouTube 富田和明 太鼓チャンネル
https://www.youtube.com/@uchigumitomida