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2019年9月5日木曜日

淡路島先山/町石道案内のようなもの




町石道(ちょういしみち)と言えば高野山が有名だが、淡路島の先山(せんざん)にも高野山と比べればとっても短いが、それはある。





町石道には、一丁(約109m)毎に町石と呼ばれる石柱の道標が立てられている。
先山の場合は、山頂までが十八丁。
ちなみに高野山町石道は全長約26kmの間に216基の町石があるという。
(僕も2016年に歩いたが、とても素晴らしい道でした)

先山とは、淡路島中央部に位置する標高448mの山、愛称は淡路富士。
山の頂には先山千光寺が建立されている。



先山に登る道を二つ、地図に記してみた。
車道でもある登山道①は、なだらかで登りやすい。
そして町石道は、急な坂になっている部分もあるが距離は短い。

僕がお勧めするのは断然登山道②の町石道だが、ご自分の足力に応じてコースを選んでください。

登りは車道を歩き、下りは町石道を歩くのは負担が少ない。
町石道の三丁辺りには車を駐車できるスペースがあるので、ここに車を停めて登る人が多い。
ここから毎日登っている人もいるらしい。速い人で往復1時間、ゆっくりで1時間半ぐらいか?

僕は実家がある志筑から歩いて往復(約27km)しているが、高速道路の淡路島中央スマートICの無料駐車場に車を停めて、そこから往復(約10km)するのも便利だ。


僕が2018年正月に登った時には、洲本市街から走って登ってきた人とも会った。








下の写真は、2018年1月に撮ったものと、2019年7月に撮ったものが混ざっています。









































町石道の途中にご来光を拝めるスポットがある。

大阪湾を挟んで、朝日は和歌山、奈良の山々から昇ってくる。

















先山千光寺に到着。長い石段がお出迎え。















展望台から見える南あわじ。そして四国の山々。


















































下写真は、車道登山道の一部。
こちらは歩きやすい。





















皆さんも、どうぞ淡路島先山をご堪能下さい!








富田和明プロフィール






2019年7月25日木曜日

令和の夏がやって来た!

横浜から車を走らせて約9時間、夜中の0時を過ぎて淡路島に到着した。

7月24日、水曜日。
朝目覚めれば、長かった梅雨が明けていた。


青い空、白い雲、輝く太陽!

いつもの夏がそこに居た。



朝9 時、淡路島志筑、竹林山八幡寺に行って夜の地蔵祭りの準備と打ち合わせ、リハーサルをする。

汗が滝のように流れ出す。
Tシャツがたっぽんたっぽんと音を立てている。











一旦家に帰り、今度は夕方午後5時前から用意。

地蔵祭りは5時から始まり、




















僕の奉納太鼓は、7時過ぎから始まった。
(ここからの写真撮影/三原敏秀さん)









ご住職と般若心経。









そして独奏・奉納太鼓。










その後に、メインのお護摩が始まる。

ここでも皆さんと一緒に読経に参加。
僕は太鼓を叩く。
(写真では分かりづらいが、叩いています)


火と声と太鼓はよく似合う。
火が燃え上がるように、音も盛り上がった。

















終わって、炭を拾って帰る。
(何故かは、わからない)






北海道出身の若いご住職は、四年前、縁あってこの淡路島にやって来た。
自分の居場所を、そして新しい息吹をこの地に、吹き込もうとしているようだ。



長かった梅雨を吹き飛ばすように祭りが開かれ、この日、関西地区の梅雨明けが発表された。

夏が来た!














2019年5月1日水曜日

神田松之丞を聞く〜令和の夜明け

令和元年となった。




雨かと思えば、薄日が射すやわらかな朝だ。

TVは、朝から新天皇即位式に向かう徳仁(なるひと)親王の動きを追っている。







僕はずっと前から楽しみにしていた神田連雀亭(れんじゃくてい)へと向かう。
https://ameblo.jp/renjaku-tei/entry-12450059355.html



駅でも即位を祝っていた。












開演は夜6時だけれど、今日連雀亭に僕が着いたのは午後2時20分。

その時は、まだ道路に人が一人出ているだけ。







ああこれなら昼ご飯を食べに行っても大丈夫かなと、一旦列を離れた途端、
二人が列に加わったので何となく嫌な予感もして、

もうポカリを自販機で買っただけで僕も列に加わった。










何の為にここに並んでいるのか?

それはここでの夜の会に講談師・神田松之丞さんが出演するからだ。

連雀亭は当日券しか出さない小屋で、しかしだからこそこうやって前売りチケットを手に入れられない僕のようなファンでも、見るチャンスが与えられている。









そうやって待っていると、どんどんと人が僕の後ろに並びだした。

まだ開演3時間前にもなっていない。
小雨も降って来たので、建物の庇に身を寄せる。





この小屋はキャパが38席なんだけれど、昨年末僕が初めてここに初めて来た時は、開演2時間前に来て並んでも入れた。

ところが‥‥‥



今日は実は朝10時建物の開館時にすでに夜の会のチケットを求めて並んでいる人たちがいて、整理券をやむなく出したというのだ。
その数、17枚。

それを僕たちは知らなかった。





僕は充分大丈夫だろうと隣の若い通人と、これから長い待ち時間になるであろう時に備えて松之丞談議に花を咲かせようとしていたその時、

若いスタッフ(この方も出演者の落語家さんだけれど)が降りて来て、事情を並んでいる人たちに伝えた。
そして整理券を配り出した。



すると、僕が最後の38番だった。











隣に並んだ若い通人は名残惜しそうに、でもすっぱりと観るのを諦めて帰っていく。
時間はまだ午後3時だけれど、小雨が降って来た。





見ようとしているのは、この興行。







これから開場の5時半までどうしようかと思ったら、何となく僕と同じようにヒマそうな方がいて声をかけた。



その人がスタッフ(若い落語家さん)と話していて、けっこうここに詳しい方のように見えたので、
「ちょっと話を聞かせてもらってもいいでしょうか?」
と声を掛けた。

すると快く、じゃ一緒に時間を潰しましょうかとなった。





その方は自分でオニギリと缶ビールを持参していて、僕は近くのコンビニで弁当を買い、近くにあったビルのオープンテラスに腰を落ち着けた。




この方は2年前から松之丞さんを追っかけている人で、僕の知らない講談話を色々と聞かせてもらい、瞬く間に二時間が過ぎていく。

もちろんラジオのことも全部知っているので、お互いにその内容で盛り上がる。
いかに松之丞さんが素晴らしいかと二人で確かめ合っているという、外から見れば気持ち悪い二人に見えただろう。



時間になって二人は腰を上げ、そろそろ小屋に戻りましょうとなった時、
その人は、そう言えば僕も淡路島に行ったことがあるんですよ、と言った。

父方の祖母が淡路島の五色生まれの人で、五色浜に小さい頃遊びに行っていたというのだ。
それではあなたの体の四分の一は淡路人ではないですかと、生粋の淡路人の僕は喜んだ。



そんなご縁もあって、本降りとなった雨の中、連雀亭に戻る。





そうすれば、玄関にこの張り紙が貼ってあるのに、






まだ何も知らずに並ぶ人たちがいた。

事情を知った後も、せっかくだから開演開演まで待つという。

最終的に今夜は、他に多くの人にお断りを入れ帰ってもらっていることもあり、
立見もなしで最後まで待っても一人も追加で入れることはなく、開演となった。



松之丞さんの前に、落語家さんの噺、三本があったのだけれど…………、


つまらない。

半分くらいは寝ていたかもしれない。


芸とは残酷なものだ。





そうして最後に出て来た、松之丞。

「待ってました!」

「伯山(はくざん)!」

「六代!」

と次々に声が掛かる。声を出しているのは全部僕だけれど。
他にものすごい38人全力の拍手に迎えられて、松之丞さんは登場した。





いや〜、鮮やか!


腹の底から笑った。

ずっと笑っていた。

楽しかった。。。面白かった。。。



まくらも含めて20分くらいだったろうか?

もっと聞きたかったけれど、仕方がない。









この時間の為に僕は昼から来ていた。


半分くらいの人は朝から来ていたんだから、みな相当のファンに違いない。








それにしても、この沸騰ぶり。



人気が出る、というのはこういう波になるんだろう。

年末の会では松之丞さんが開場時に受付に立ってチケット代を集めていたし、終わった後も狭いロビーに出て来てお客さんらと話していたし、僕も見送られて帰った。


しかし、今日は開演しても自分の出番ギリギリに小屋に入り、終わってもロビーに出てこなかった。
僕はせっかくなのでサインをもらいたくて、他の方(落語家さん)に言うと、その瞬間だけ松之丞さんは現れ、二、三言話してサッとサインして風のように消えた。
きっとこの後も予定が入っていたのだろう。

でも僕のために出て来てくれたので、その姿を目に焼き付けた。


勢いに触れた感じだ。



松之丞さんは、来年二月、講釈師の大名跡『六代目 神田伯山』を襲名する。









本降りの雨の中を、傘を持たない僕は地下鉄「淡路町」駅まで駆ける。



駅のベンチに座って、ゆっくりとサインを眺めた。
















家に帰ると、新天皇の挨拶映像がTVから流れていた。

一日(いちじつ)にして顔付が変わっている。
名前が変わる即位というのは、そういう力があるのだと確信した。

そしてそのお言葉の端々に、僕は共感できるものがあった。


徳仁天皇陛下、お頼みいたします。








こうして僕の令和は、神田松之丞によって打ち開けられたのだ。