『KODO 記写録 1981-89/撮影 TOMIDA Kazuaki』第16巻(1984年12月6日〜1985年1月24日)』は、
山本寛斎ファションショー稽古を終えて、一旦佐渡に帰り、再び上京し寛斎元気主義のリハーサル&本番。年が明けてアメリカに出発するまでの日々は通し稽古と、鼓童村建設・春の着工に向け全体meetingが続く。そして厳寒の佐渡から常夏のハワイへ飛び、10日間で4島6都市を巡るハワイツアーの最中
その中から、今月の1枚(11枚)は、これにした
1984年12月14日
東京都文京区 後楽園球場内特設テント/山本寛斎ファッションショー元気主義
朝7時半から太鼓搬入&リハーサル準備 締め上げ
1984年12月15日
東京都文京区 後楽園球場内特設テント/山本寛斎ファッションショー元気主義 プレス用記者会見 撮影/菅野敦司
左から、鼓童、Jeffrey Daniel、四谷シモン、西田敏行、高峰三枝子、山本寛斎、上原謙、倍賞美津子、原田知世、劇男一世風靡
1984年12月15日
東京都文京区 後楽園球場内特設テント/山本寛斎ファッションショー元気主義 本番ステージ 撮影/菅野敦司
鼓童は、三宅、モノクローム入破、屋台囃子などを演奏した
参考動画/NHK日曜招待席で放送された一部https://www.youtube.com/watch?v=xx_oxZLdYUI
1984年12月15日
東京都文京区 後楽園球場内特設テント/山本寛斎ファッションショー元気主義 打ち上げ、乾杯! 撮影/菅野敦司
リハーサルを含めてこの日、4回のステージを終えた出演者たちと記念撮影中
1985年1月8日
新潟県 佐渡郡真野町大小 鼓童/鼓童村設計のTEM研究所・真島俊一氏を囲んで
連日連夜のミーティング 8日間で5回、翌朝2時まで続いたことも3度
1985年1月15日
新潟県 両津市 佐渡汽船乗り場/午前0時出航のフェリー乗船前に
翌朝出発予定が暴風雪の予報が出て、念のため急遽前夜の出発となった
1985年1月18日
USA ハワイ州カムエラ Kamuela(ハワイ島)/Kahilu Theatre カヒル劇場に荷物が到着 4島を巡るハワイツアーはすべて飛行機移動の為、コンテナ木箱(全部で七箱)に太鼓道具を入れなくてはいけない
木箱から出して組み立て 準備してリハーサル、本番を終えてからまた木箱にパッキング
これがほぼ毎回ある コンテナ木箱の中身はジグソーパズルのような収納で道具が満載なのだ
だから普通には終わらない 公演が終わった後も深夜までに及ぶ作業が待っている
1985年1月20日
USA ハワイ州カウアイ Kauai(カウアイ島)/TIP TOP MOTEL LIHUE 夕食はいつも自炊
日記を見ると「一日の食費17ドル(約4,000円)、夕食を外食すると3,000円はすぐ消える」とある
なのでホテルでも劇場でも、時間とお金の節約になる自炊は必至だ
※あれから41年が過ぎた、2026年2月、私の一日の食費は千円〜2,000円だ 日本経済の今昔はどうなってる?
1985年1月24日
USA ハワイ州カフルイ Kahului(マウイ島)/カフルイ空港(Kahului Airport)
照明監督のSLS 原田進平さん
1985年1月24日
USA ハワイ州ホノルル Honolulu(オアフ島)/ホノルル国際空港
太鼓道具は七つのコンテナ木箱だけではない、他にも行く先々で大量の楽器荷物をいつも持ち歩いて運んで移動している毎日
それが鼓童のハワイ旅行
以上、
『KODO 記写録 1981-89/撮影 TOMIDA Kazuaki』第17巻へ続く
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KODO 記写録 とは