2024年7月4日木曜日

【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ④ 】撮影/富田和明

 【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ④ 】



1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦『新年快楽』


昨晩は早く寝たが、夜中の爆竹の音で目覚め、
カーテンを開けると夜空が白い煙で包まれているようであり、また寝る。

広州駅から10:30発・東風特急列車に乗り込む。



1枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦
広州駅構内にて
Johnny Wales、佐藤隆司、‥‥‥近藤克次、‥‥‥藤本𠮷利






2枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦
広州駅構内にて Johnny Wales









3枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅構内にて

後列/佐藤隆司、大井良明、藤本𠮷利、平沼仁一
中列/田尻洋、齊藤栄一、近藤克次
前列/中川秀美、小島千絵子、Johnny Wales、十河伸一
ここに写っていないメンバー/河内敏夫、風間正文、富田和明、山口幹文


後に飾ってある横断幕
『热烈欢迎港澳台同胞华侨外国人回乡来华欢度春节』
香港、マカオ、台湾の同胞、華僑、外国人が帰国して中国の春節を祝うのを熱烈に歓迎します





4枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅構内にて
後列/佐藤隆司、大井良明、藤本𠮷利、平沼仁一
中列/田尻洋、齊藤栄一、近藤克次
前列/中川秀美、小島千絵子、Johnny Wales、富田和明
ここに写っていないメンバー/河内敏夫、風間正文、十河伸一、山口幹文

撮影/十河伸一






5枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅ホームにて
来る時は満員列車だったのに、帰りは人っ子一人いない。貸切状態の広州発九龍行、東風特急列車

元旦朝に帰る人はいないのだ!





6枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅ホームにて
みごとに鼓童メンバーのみ
佐藤隆司、服務員、田尻洋、小島千絵子、中川秀美、齊藤栄一、大井良明、Johnny Wales






7枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅ホームにて
服務員、田尻洋






8枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅ホームにて
服務員、富田和明   撮影/田尻洋







9枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅ホームにて
中国国鉄東風3型0182ディーゼル機関車、中国を代表する機関車の一つ








10枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅ホーム
東風3型機関車・客車内にて
河内敏夫、小島千絵子、齊藤栄一、中川秀美、田尻洋、佐藤隆司







11枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅ホーム
東風3型機関車・客車内にて
Johnny Wales、大井良明






12枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅ホーム
東風3型機関車・客車内にて
Johnny Wales







13枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅ホーム
東風3型機関車・客車内にて
山口幹文






14枚目/1984年、2月2日(木)旧暦1月1日・元旦 広州駅ホーム
東風3型機関車・客車内にて
近藤克次




香港到着12:30、夕方までは再び香港で時間を過ごして

そして18:10発エアランカ(スリランカの飛行機)にてバンコクを経由してコロンボへ、
飛行機を乗り換えて、コロンボからドーハを経由してローマへ、機内食も四回食べた。

簡単に香港からローマへ行かしてくれない(チケットの手配は、勿論ハンチョウ)。
直行便など、ほとんど乗ったことがなく、いつも24時以上かけてヨーロッパに向かう、味わい赤道近く鈍行の旅。



何かについて深く考えている暇はない。
7月4日(水)まで続くKODO One Earth Tour 1984 は、まだ始まったばかりだ。



※写真上の名前は左から、敬称略
撮影/富田和明




【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり 】おわり

【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ① 】に戻る



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鼓童 KODO One Earth Tour 1984 メンバー

河内敏夫(代表・演出)
大井良明 
藤本𠮷利 
風間正文 
近藤克次 
小島千絵子 
富田和明 
山口幹文 
平沼仁一(マネージャー) 
十河伸一 
佐藤隆司 
田尻洋 
中川秀美 
齊藤栄一 
Johnny Wales(照明)

‥‥‥以上15名
内、舞台メンバー12名

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【追記】
あれから40年が経って、今、KODO One Earth Tour 2024に
まだ参加し続けているメンバーがいる!
それが、齊藤栄一である。
まさしく彼は、動くOne Earth Tour の生き神様だ!

その彼に、そしてまた今の鼓童メンバーに会いに行こう!

KODO One Earth Tour 2024
https://www.kodo.or.jp/performance/performance_kodo/46881









富田和明 TOMIDA Kazuaki
/打組 UCHIGUMI/太鼓アイランド TAIKO Island
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utigumi@tomida-net.com
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富田和明 太鼓チャンネル
https://www.youtube.com/@uchigumitomida




【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ③ 】撮影/富田和明

 【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ③ 】



1984年、1月30日(月)旧暦12月28日

広州での公演は日本出国前に決まっていたが、決まったのが遅かったので、ホテルは押さえられても、香港から広州に向かう列車のチケットが取れなかった(なんせ旧正月三日前のチケットは、三週間前から完売していたらしい)。

日本領事館の人でも用意できなかったものを、それでもハンチョウ(河内敏夫・鼓童創立代表)が「僕が香港に行けばなんとかなりますから」と言って、そして本当にその言葉通り、どこでどう捜したのか15枚のチケットをハンチョウは手に入れてきたのが昨日の話。

それが公演の二日前で、やっと、現実に広州公演が決定した。
領事館の人曰く、この時期にチケットを手に入れられたのは「香港の奇跡」だと。
※言い方は大袈裟だが、領事館の人も公演の準備はするけど内心「来るのはとても無理ではないか」と思っていたらしい。



ハンチョウは、この数年前(まだ個人の日本人に観光ビザがおりなかった時代)にも、香港の中国領事館で「私は日本に住む華僑で里帰りがしたい」と説得して特別ビザを手に入れ中国に入国した人物。
「どうしても中国で鼓童公演を実現させたい」というハンチョウの熱き一念がこの壁を突破させたのだろう。

とは言え、そんな事情はよく分かっていない(当時の旅はいつもこんな調子だったので)僕たちは、香港九龍15:55発広州行、超満員の特急列車に乗り込んで、18:40広州駅に到着した。



駅近くにある東方賓館というドデカいホテル(部屋数約700)に泊まる。




1枚目/1984年、1月30日(月)広州・東方賓館(Dong Fang Hotel )の部屋にて

齊藤栄一







2枚目/1984年、1月30日(月)広州・東方賓館(Dong Fang Hotel )食堂にて
夕食後何やら服務員に説明しているハンチョウ(河内敏夫)とジョン(Johnny Wales)、二人は中国語を少し話せた。



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1984年、1月31日(火)旧暦12月29日 広州・友誼劇場公演




3枚目/1984年、1月31日(火)広州・東方賓館(Dong Fang Hotel)中庭?にて
田尻洋





4枚目/1984年、1月31日(火)友誼劇場正面玄関
1965年に建てられた劇場(キャパ1,560)







5枚目/1984年、1月31日(火)友誼劇場
客席から舞台を見る





6枚目/1984年、1月31日(火)友誼劇場
舞台から客席を見る






7枚目/1984年、1月31日(火)友誼劇場
ロビーで新春の飾り付け





8枚目/1984年、1月31日(火)友誼劇場
ロビーに貼ってあった公演告知張り紙
『日本鼓童楽団、歌舞晩会』
チケットは、1元、8角、6角
※1元=約110円



仕込みからリハまでの間、少し時間があったので劇場前の路上で三味線を弾くが興味をまったく示されない。
他国であればすぐに人が集まったり、好奇の目で見られるのが、それがない。

何か自分の生活のことにしか目にない感じだ(そのことだけで精一杯なのだろう)。


※この頃は、文化大革命が終わってまだ改革路線に転じたばかり
人通りは絶えない場所だが、ほとんどが無視。立ち止まる人もいない(演奏に魅力がなかっただけかもしれないが)。

そう思えば劇場の楽屋係の女性にしろ、やるだけやったら後は全く無関心、サービス業に関する事は総て無礼と思わざるを得ない態度で、
大雑把で荒っぽい、笑顔を返してくれる人など、僕が見た限りほぼ皆無。
買い物に行くと、まずお店の人に嫌な顔をされ、怒られている感じがしてしまう。
街を歩けば何組もの乞食に袖を引っ張られ、お金を無心された。



TV局が公演を三台のカメラで録画中継に来たが、これまたつまらなさそうな顔をしていて「やる気がないんなら、来るな!」と怒りたくなった。



急に決まった公演で人が来るのかと心配したが、500人ほどの人が客席を埋めた。
ところが公演の、入破(じゅは)から始まりモノクロームで終わる第一部、
客席がうるさい。絶えず喋っている。受け入れられないのか、興味がないようなのだ。
一般の公演でこんなに賑やかというか、無視されているのは初めての経験。



一部と二部の間の休憩時間で楽屋に戻っていると、何だか客席が盛り上がっている声が聞こえ、見に行くと、
TV局の人が持ち込んでいるモニターTVで、ボリューム一杯上げ、正月特別番組なのかカンフー大会?中継を客席で見ている。
お客さんもこれには興味津々な目付きで見入り何度も歓声を上げていた。

呆れて「これは、なんちゅうとこや‥‥‥?」と言っていると、
山ちゃん(山口幹文)から「日本の尺度で考えると逆に失礼だよ、ここは中国なんだから」と窘められる。

二部が始まって、千里馬、御陣乗、綾子舞、そして大太鼓とやっていると、やっと静かになってきた。
そして屋台囃子。

客席が水を打ったように静かだった。
ああやっぱり最後には興味を持って見てくれたんだなと思い、立ち上がってお辞儀をすると、
それまで暗かった客席が少し明るくなって客席が見えた。



静かなはずだ、お客さんの姿が消えていた。
ほとんど帰って客席からいなくなっていたからだ。

思わず笑ってしまう。
アンコールもなく、何人かの日本人の方だけが一生懸命拍手してくれている音が耳に届いた。



楽屋に戻って、山ちゃん(山口幹文)曰く「自分達の音楽理解を超えていたんじゃないの?」
克ちゃん(近藤克次)曰く「こっちの人は自分達も舞台に参加できて、一緒に楽しめるものでないとダメじゃないの?」
領事館の人曰く「はっきり言って、皆さんの音楽は欧米諸国ではウケるでしょうが、ここでは難しい。今は電気音楽に目が向かっている」

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※劇場のロビーに貼られていた告知の紙には『日本鼓童楽団、歌舞晩会』とあった。

このタイトルだけ見ると、たぶん当時の中国の方々がイメージするのは、まず司会者が出てきて音楽の紹介があり、華々しく歌と踊りのショーが始まる、かわいい子供たちも沢山登場してきて太鼓を叩く、そんな楽しい音楽会ではなかっただろうか。
それが実際にはどうだ?

一切の説明もなく理解不能なものが突然に始まる(石井眞木さんの入破を悪く言っているのではなく)これが音楽なのか?楽しいのか?と‥‥‥

今回は告知もままならぬ、とにかく「中国で公演を打つ」ということが一番の目的であったので、仕方がないことだ。


一回の広州公演だけで結論を出すのはいけないが、この(当時の)中国では無理だと思った。

演目の変更もせず、台湾、香港、広州とまったく同じ公演内容にしたのは、演出のハンチョウ(河内敏夫)の考えだ。
同じ中華圏内であっても、こうも反応が違う。

僕は非常に腹立たしく、そしてまた興味が沸々と体に湧き上がって来ているのを感じた。
この一日の体験が、後日の僕の中国留学に繋がったのは間違いない。



公演が終わってから、これまた夜遅くまで掛かって、荷物のパッキングをする。

ここまで一緒に旅をした太鼓道具たちは、僕たちよりも一足先に日本へ帰る。
次の公演地・イタリア(ローマ)には、昨年末に船便で出航した太鼓たちが待っている筈だ。


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1984年、2月1日(水)旧暦12月30日・大晦日



旅に出て初めての一日休み。

広州の街を探索して、夜は中国文化局、日本領事館、中国旅行社の方々と打ち上げ。
本来ならこの日は、一年の中で一番家族と楽しく過ごす年越しの時間だと思うけれど、皆さん集まって下さり宴会。
さすが「食は広州にあり」の諺(ことわざ)通り?犬、鳩、ナメコ、水母、豚の丸焼きなどを頂く。




9枚目/1984年、2月1日(水)旧暦12月30日 広州・東方賓館にて
近藤克次、風間正文、十河伸一、齊藤栄一、大井良明






10枚目/1984年、2月1日(水)旧暦12月30日 広州・東方賓館にて
河内敏夫‥‥‥






11枚目/1984年、2月1日(水)旧暦12月30日 広州・東方賓館にて
風間正文、十河伸一、齊藤栄一、小島千絵子








12枚目、13枚目/1984年、2月1日(水)旧暦12月30日 広州・東方賓館にて
豚の丸焼き






14枚目/1984年、2月1日(水)旧暦12月30日 広州・東方賓館にて
大井良明、平沼仁一、Johnny Wales






15枚目/1984年、2月1日(水)旧暦12月30日 広州・東方賓館にて
河内敏夫‥‥‥風間正文、十河伸一、齊藤栄一










16枚目、17枚目/1984年、2月1日(水)旧暦12月30日 広州・東方賓館にて
風間正文、十河伸一、齊藤栄一、小島千絵子




※写真上の名前は左から、敬称略
撮影/富田和明



【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ④ おわり 】へ続く






富田和明 TOMIDA Kazuaki
/打組 UCHIGUMI/太鼓アイランド TAIKO Island
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富田和明 太鼓チャンネル
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2024年7月1日月曜日

【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ② 】撮影/富田和明

 【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ② 】




1枚目/1984年、1月22日(日)台北・財神大酒店(THE TAIPEI REGENCY)玄関前にて
齊藤栄一、佐藤隆司、平沼仁一、十河伸一、小島千絵子、藤本𠮷利


9時、ミーティング(台湾、イタリアのスケジュールについて)
10時-13時、国立鼓宮博物館(物よりも人を見て楽しむ)
15時-16時半、(三日後に迫る台北公演の為の)記者会見
太鼓道具がまだ届いていないので、(なんと)口唱歌で三宅・大太鼓・屋台囃子を全力演奏

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2枚目/1984年、1月23日(月)高雄市内での昼食
十河伸一、中川秀美、齊藤栄一、藤本𠮷利
メニュー値段を、6.2倍すると当時の日本円になる。100円から300円で結構食べられた。



台北から高雄に移動して、夜公演。
が、現地まで太鼓が届いておらず(税関検査リスト通りの荷物が入っていなかったということで止められて)少々焦ったが、
夜7時10分に太鼓荷物が到着して、何とかギリギリで公演に間に合った。

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3枚目/1984年、1月24日(火)台北市中華体育館・外観







4枚目/同日、台北市中華体育館内に、特設ステージと客席が設置された






5枚目/同日、台北市中華体育館、特設ステージと中央客席を上部から撮影







6枚目/同日、これも特設調光室?照明タグ
現地照明スタッフとJohnny Wales(右端)、ジョンさんは画家で人形師でとにかく多才、このツアーでは照明家として参加していた。



朝、特急列車で台北まで戻り、午後から台北一の体育館・中華体育館で下見と準備仕込み
とにかくここは広い。
ここに本当に人が来るのかとまだ半信半疑だった。
仕込みの後、30人位集まったプレスの為に「千里馬」「大太鼓」を演奏
その後も段取りリハーサルなど

ここ台湾では『鼓童』ではなく『神鼓童』という名前での公演だった。
鼓童だと、子供の太鼓ということになるので。

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1984年、1月25日(水)台北市中華体育館公演

信じられない、見渡す限り人、人、人‥‥‥7,000人が集まった!ほぼ満員御礼。
(神)鼓童単独公演としては、最高記録だ!

朝から段取り、昼からリハーサルで、夜本番。大熱狂のうちに幕。
これだけの人々と同じ時間を共有できた喜びに満たされる。
公演後も一部お客様が興奮冷めやらず、サイン攻めやら楽屋付近でも大騒ぎが起き、
テレビ新聞雑誌の宣伝が効いていたのか、即席のスター扱いとなった。一夜限りだが。

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1984年、1月26日(木)午後の便で、台北から香港に移動
1月27日(金)〜29日(日)香港芸術祭、連日2,000人のお客様






7枚目/1984年、1月28日(土)劇場搬入口付近で、リハーサル前の締め上げ
田尻洋、藤本𠮷利、齊藤栄一、十河伸一、山口幹文、近藤克次








8枚目・9枚目/1984年、1月28日(土)劇場搬入口付近で、リハーサル前の締め上げ
藤本𠮷利、十河伸一






10枚目/1984年、1月28日(土)劇場搬入口付近で、リハーサル前の締め上げ
齊藤栄一





1月29日(日)香港芸術祭終了後の荷物パッキングに大わらわ。
イタリア行き荷物と中国広州行き荷物を分けて梱包する作業。

太鼓を打つというよりも、荷物を送る手配をどうするのか、毎日毎日が荷物に始まり荷物に終わる。
特にハンチョウ(河内敏夫)、大井(良明)さん、平沼仁一、そして皆んなは、
毎日運送会社の人間になったかのように、荷物について考え、梱包積込みしていく。
その時間の合間に太鼓を叩いている。

なんせ、この10日間の間でも、
日本→中華民国→香港→そして中華人民共和国・広州、という訳だから、太鼓と荷物の移動移動の、待ったなしの毎日だ。

これが15カ国、45都市を廻って半年の太鼓旅公演をするということ‥‥‥



※写真上の名前は左から、敬称略
撮影/富田和明



 【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ③ 】へ続く






富田和明 TOMIDA Kazuaki
/打組 UCHIGUMI/太鼓アイランド TAIKO Island
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富田和明 太鼓チャンネル
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【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ① 】撮影/富田和明

 【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ① 】


佐渡國鬼太鼓座から鼓童へと変わる転換期(1981年)の或る日、林英哲さんが「座内でも写真記録が必要だ」と説き、その係がたまたま私となった。

これまでも多くのカメラマンが取材で撮影してくれていたのだけれど、座内でも撮って記録しておこうとなったのだ。
それから私が鼓童を離れる1989年8月末まで、off stage 写真を撮りまくっていた(1年間の特別休暇期間中を除き)。
それらはすべて『鼓童 記写録』として、今も鼓童村のどこかで眠っているはず。

ここになぜか今も私の手元に残っていた数少ない写真が、たまたま1984年のものだったので、40年前の記録として紹介したいと思います。

※『鼓童 記写録』はほぼすべて白黒ネガフィルムだったのですが、カラーリバーサルフィルムで撮影したものは少なくて、その一部が私のところに残っていた、という訳。
今回ネガスキャナーを購入したのでjpgデータに変換した。



鼓童 One Earth Tour 1984 は、1月10日(火)に佐渡を出発して、11日(水)東京・五反田簡易保険センター公演が初日でした。
その後、東京でのイベント、神戸で学校公演、大阪公演、大阪友の会交流会があって、一旦佐渡に戻る。


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そして1984年、1月21日(土)朝5時半鼓童出発(この当時の鼓童は、佐渡郡真野町大小)
台湾台北へ旅立つ日、約六ヶ月間一度も日本に帰らない公演旅行の始まり。

この時はまだ誰もその恐ろしさを実感予見している者はいなかった、と思う‥‥‥。


1枚目/鼓童玄関にて、藤本𠮷利、ゴン




2枚目/事務所入口に貼ってあったポスター




3枚目/出発前の事務所にて、河内敏夫




4枚目/玄関前にて、齊藤栄一、佐藤隆司、小島千絵子、大井キヨ子





5枚目/ゴン





6枚目/マイクロバスで両津へ出発、中川秀美、田尻洋




7枚目/佐渡汽船両津港乗り場にて、
平沼仁一、藤本𠮷利、梅沢(藤本)容子、青木孝夫、十河伸一、齊藤栄一、小島千絵子、大井良明、中川秀美




8枚目/台北松山空港?桃園国際空港? 
中華航空公司(China Airlines)にて21時到着、
藤本𠮷利、田尻洋、大井良明、齊藤栄一、平沼仁一、小島千絵子、河内敏夫、Johnny Wales(照明)、近藤克次、十河伸一




9枚目/台北空港にて、風間正文






10枚目/台北空港にて、
大井良明、小島千絵子、齊藤栄一、平沼仁一、河内敏夫、Johnny Wales、近藤克次






11枚目/台北空港にて、手荷物のトラック積み込み、平沼仁一、他







12枚目/主催者のお迎えバスにてホテルへと向かう、
佐藤隆司、中川秀美、十河伸一、齊藤栄一、大井良明、近藤克次、平沼仁一、Johnny Wales、藤本𠮷利、小島千絵子、田尻洋

※名前は左から、敬称略

撮影/富田和明





この後ホテルに着いて、夜市の屋台に晩御飯をJohnnyと伸ちゃんと栄一の四人で食べに行く(写真はありませんが)
12時過ぎにホテル「財神大酒店」に戻る

水餃子20個=310円
肉ラーメン=248円
果物=62円
ビール=223円
牛乳(1000cc)=186円
パン=62円
セブンup(355cc)=93円
生オレンジジュース=124円

※1NT$=6.21円で換算した



 【 鼓童 KODO One Earth Tour 1984 旅の始まり ② 】へ続く





富田和明 TOMIDA Kazuaki
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