前から気になっていた世田谷区池尻大橋駅からほど近い畳屋さん、許可を頂いて写真を撮った。
門前仲町まで参る道中にある。
東京のこのど真ん中に、こんな昔ながらの畳屋さんが存在していることに驚く。
いやいや、この場所だからこそ、まだ残っていたのか。
創業を尋ねると、僕の聞き違いでなければ105年と言っていた。
ここで今も四人の職人さんが働いている。
淡路島の震災前まで残っていた僕の実家の畳屋より、店は少し小粒だが、
昔ながらの佇まいは充分にその面影を思い出させてくれる。
こんな畳屋さんは、淡路島ではすでに絶滅しているのではないかと思う。
それが東京に有るのだ。
僕の祖父は小学校を卒業後、(一宮)郡家にある畳屋に丁稚奉公に入り、20才で独立、明治43年(1910年)に志筑の借家で開業した。
11年後、当時のお金五仟円で現在の場所に仕事場兼自宅の木造二階建ての家を建てた。大正10年(1921年)のことだ。
その家は、1995年の阪神淡路大震災で全壊し、同じ場所に新しい家屋を建てた父は80歳の2005年まで家業を継いだ。
僕と弟は家業を継がなかった。
この今も目にすることが出来る畳屋さんの前に立つと、心の何処かがふるえるようだ。
こうやって祖父も父も昔は店先で窓を開け、お日様の光を浴びながら、畳を縫っていた。
この二台のリヤカーにも驚いた。
現役なのか? それともオブジェ?
小さい頃、リヤカーでよく遊んだことを思い出す。
正面からの写真を撮り忘れたので、この一枚はグーグルマップからのものです。
小さい頃、リヤカーでよく遊んだことを思い出す。
正面からの写真を撮り忘れたので、この一枚はグーグルマップからのものです。